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[2006/08/21] 田中君を探して〜パパとぼくの冒険〜第5章4 

「坊や、坊や」という声が聞こえた。
田中君が戻ってきたのかと思って、目を開けた。
誰かが、ぼくを覗きこんでいた。
「大丈夫かい?ちょっと泣いているようだったから」
暗くてわからなかったが、きのうぼくに話しかけてきたおじさんのようだった。
いつのまにか寝てしまったらしいが、まだはっきり状況がつかめなかった。
ただ、「誘拐」という言葉がぼくの心に突きささったままだった。
しかし、あまりにも現実から離れた言葉だったので、それは、夢の中の出来事とし
か思えなかった。
ひょっとしてバスターミナルで居眠りをしただけで、パパは、「チケットを買って
きたぞ」と、人ごみをかきわけて帰ってくるかもしれないと思った。
おじさんは、言い訳をするかのように、「もうすぐ朝食でね」と言った。
ぼくは、「ありがとうございます」と言って立ち上がった。
そして、ベッドの横においていたリュックから、服やタオルを出した。
部屋の中は、クーラーが適度にかかっていたので、暑さはしのげたが、あいかわら
ず薄暗かった。
二つのベッドの上には、それぞれ二人の男が寝ていた。
しかし、ぼくは、男の子がいるベッドで休んだはずだ。しかし、そこには、ぼく以
外いない。どうしたんだろう。
ぼくは、心配そうに見ているおじさんに向かって、「ここにいた子供はどうしたん
ですか?」と聞いた。
「夜中に、やつらが来て、あの子を抱きかかえていったよ。きっと親と話がついた
んだろう」
親と話がついた?「誘拐」という言葉がまた浮かんだ。
やはり、ぼくも誘拐されたのだ。どうしたらいいのだろう。
しかし、狭くて、薄暗い部屋は静かだったし、外からも、人の声や物音が聞こえな
かった。
ぼくは、何か聞きだそうとして、「ブラジルでは、夜中も銀行は開いているのです
か?」と聞いた。
おじさんは、「きみは、なかなか賢い子だ。さすがに優秀な日本人だ」と、笑顔で
答えた。
「でも、ブラジルでは、こんなことをするやつは、銀行口座なんかもてないやつば
かりだ。
もっとも銀行振りこみなどしたら、すぐ捕まってしまうだろう。
きっとどこかで金を受取り、子供を解放したんだろう。また、ここへ帰ってくる子
供もいるがね」と説明してくれた。
そして、「きみも、すぐに帰れるよ」とつけくわえた。
ぼくは、うなずいたが黙っていた。パパは、ゆうべどうしたのだろうか。そう思う
と、また涙がこみあげてきた。
ベッドの上で寝ていた二人の男も起きてきた。
一人は、70才ぐらいの老人で、白いひげが鼻の下やあごをおおっていた。もう一
人は、50代ぐらいで、気の弱そうな白人だった。
二人とも、ベッドから降りてきて、「おはよう」と言ったが、それ以上話すことも
なく、部屋を出ていった。
おじさんとぼくも、二人の後をついていった。
食事をする部屋は、ゆうべより明るかったが、窓が小さいので、人の姿は陰におお
われて、表情はよくわからなかった。
ドアのところには、きのうの若い男が立っていた。
どこかで、猫の鳴き声が聞こえた。
そっちを見ると、おばあさんらしい人が、猫を抱いていた。
その横にいる人も、背中を丸めていて、かなりとしよりのように見えた。
その隣には女の子がすわっていたが、思いつめた様子だった。
ゆうべは、泣きじゃくっている女の子が、もう一人いたようだが、帰ることができ
たのだろうか。
朝食は、パンとコーヒー、ジュースだけだったが、みんな物を言わず、ゆっくり食
べた。
食べ終わっても、誰一人立ち上がろうとしなかった。みんな一緒にいたいのだろ
う。
ぼくも、その気持ちがよくわかった。これが一人なら、どんなに淋しく、辛いこと
だろう。
きっと気が狂ったように泣きさけぶだろう。
しばらくすると、ドアのところにいた男が、「食事は終りだ」と言った。
みんな、ゆっくり立ち上がり、歩いていった。ぼくも、そのあとについていった
が、その男は、「悠太、こっちへ」と言った。
ぼくは、みんなと反対のほうへ行った。きのう連れてこられたときの部屋に入っ
た。
しばらく一人で待っていると、口ひげがある男がやってきた。きのう話かけてきた
男にちがいない。
ぼくの頭をさわり、「ちゃんと休めたか」と笑顔で聞いてきた。
ぼくは、それには答えないで、「早くターミナルに連れていってください」と言っ
た。
すると、その男は、「まだお前のパパと連絡を取れないので、こっちも困っている
のだ」と、事務的に応えた。
さらに、「きのう、パパの友だちをたずねるために、ブラジルに来たと言っていた
な」と聞いた。
「その友だちの名前や家を知っているか?」
ぼくは、どうしようか悩んだ。この質問には、何か仕掛けがないか考えた。
もし田中君の名前や住所を言ったら、パパが困ったり、田中君に迷惑がかかったり
しないか。ぼくは黙っていた。
「わかった。ゆっくり思いだしてくれ。
パパも、きっと悠太に、早く会いたがっているはずだからな」と言って出ていっ
た。
すぐに、若い男が来て、自分の部屋に戻るようにうながした。
部屋に戻ると、おじさんが待っていて、どうだった?帰れそうか?」と聞いてき
た。
まだ誰も信用できないので、「いや、パパと連絡が取れないようです」とだけ答え
た。
「うーん」とおじさんはうなった。
「この子供は、おれたちの仲間だ」という声が、ベッドの上のほうから聞こえた。









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