[2006/08/28] 田中君を探して〜パパとぼくの冒険〜第5章5
見上げると、白いひげのおじいさんが、ベッドの上に起きあがった。
それから、ぼくのほうを見て、「わしらは、取りのこされてな」と、にゃっと笑っ
た。
薄暗い上で、ひげでさらに見えにくくかったけど、目も、きらっと光ったようだっ
た。
「ウエスレイさん、ちがうよ。この子供は、父親とはぐれて、ここに連れてこられ
ただけなんだよ」と、おじさんが弁解するように言った。
おじいさんは、それには答えないで、「でも、心配することはないぞ。世の中は、
悪がはびこっているように見えるが、善も半分ある」と続けた。
「そうです。今日か明日帰れますよ」と、おじさんは急いで言った。
「わからないものには、それを教えてやる必要があるがな」。
「人間は、わからないことがあると不安になる。闇夜を、一人で歩くようにな。
そのかわり、わかっておれば、自分の何倍もの力が出るもんだ。それを忘れるな
よ」
「ウエスレイさんも、すぐ帰れますよ」と、おじさんは、なだめるように言った。
「マルコス君、わしは、4人子供がいるんだが」
「ウエスレイさん、それは、何回も聞いていますよ」
「人は、他人との関係で、自分の地金(じがね)があらわれるものだよ」。
マルコスさんは何も言わなくなった。
「苦労して、4人には最高の教育を受けさせた。そして、わしの事業も譲ってやっ
た。
これで、4人、力を合わせてやってくれるだろうと思ったとき、女房がなくなり、
わしも病気になった。
しかし、子供たちも、それぞれの嫁も、なんだかんだといって、わしの家に寄りつ
かなくなった。
そして、わしが、ここに連れてこられたときも、助けあって困難を乗りこえようと
しないばかりか、身代金を値切って、払おうとしない。
悪党どももあきれてしまって、親を大切にしろという始末だ。
わしは、子供たちに、おまえたちへの教育がまちがっていたので、ここを出ないと
言ってやったのさ。「マルコス君、きみの場合もそうだろう?」
ぼくは、おじさんを見た。おじさんは、困ったような顔をした。
しばらくすると、話しはじめた。
「ぼくには、きみぐらいの子供がいるんだ。でも、別れた妻が引き取っているの
で、遠くで暮らしている。
だから、こんなことになり、ぼくが経営している会社に連絡をしたんだが、どうも
様子がおかしかった。
ぼくがいなくなったことを、これ幸いと思った連中が大勢いたんだ。
誘拐犯が、会社に連絡をしても、責任者に話をしているという一点張りでね。
でも、なんとかなるだろうけど」
おじさんの話が終わると、静かになった。
そのとき、ベッドのおじいさんが大きな声を出した。
「ところで、きみは、いつまでもここにいるんだ。大体の者は、4,5日で帰って
いるじゃないか」
一瞬、誰に話しかけているのかわからなかったが、反対側のベッドの2階で寝てい
る人にだろうとわかった。
しかし、その人は、毛布をすっぽりかぶって、壁のほうを向いていた。
だから、話しかけられたことはわからないだろうと思っていると、毛布が少し動い
て、「どうなっているかわかりません」という小さな声が聞こえた。
ウエスレイと呼ばれているおじいさんは、また、それに答えず、「そうだ。まだ名
前を聞いていなかったな」と言った。
「ジューニオルです」と、その人は、相変わらず毛布をかぶったまま答えた。
「ジューニオル君は、どんな仕事をしているんだ」
「無職です」
「じゃあ、いつもは、何をしているんだ?」
「詩を書いています」
「大学かどこかで教えているのか?」
「いいえ」
ウエスレイじいさんは、これには困ったようだ。
「親は、なぜ金を出さないんだ?」と聞いた。
「よくわかりません」
「金の大事さを教えているんだな」と、ウエスレイじいさんは、独り言のようにい
った。
すると、毛布の人は、急に体を起こして、ウエスレイさんに向かって、「金より大
事なものはないのですか?」と聞いた。
「うーん、金も大事だな」と、ウエスレイじいさんは、少し口ごもった。
「親は、どうせ殺されることがないとわかっているので、こんなことになっている
んです」と、毛布の人は勝ちほこったように言った。
3人の話を聞いていると、大人は、ここだけでなく、まだどこかで捕まっているも
のだと感じた。
今日こそ、パパと連絡がつき帰れると思っていたが、パパも、どこかに捕まってい
るのではないかと不安になった。
ブラジルの人は、自分が思っていることを正直に言う。
今度のことも、お金がないから、ちょっと貸してくれというようなものだと思って
いたが、ウエスレイじいさんが言ったように、
闇夜を、一人で歩いているような気持ちになってきた。
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