[2007/02/26] 田中君を探して〜パパとぼくの冒険〜第5章31
パパも手を振り、小走りに向った。ママとのぞみも後を追った。
「やあ、ごくろうさん!」パパは、マユミと握手をした。
そして、ママやのぞみを紹介した。
「こんにちわ。ポルトガル語を勉強するために、ブラジルに来ています。
小林さんの考えておられることを知って、自分でできることはないかと思って」と
笑顔で話した。
「大勢いますね」と、20人以上いる子供たちを見ながら、ママは言った。
「子供たちは、一枚の紙が、鳥や動物になっていくのが楽しくて仕方がないようで
す。
わたしも、学校があるのですが、子供たちが待っているので、できるだけ来ていま
す。
今、家でも折り紙の勉強をしています。そろそろネタ切れになりそうなんです」と
恥ずかしそうに言った。
そのとき、紙飛行機が、みんなの足元に落ちてきた。
背後から、誰かが、「やあ、おじさん、来ていたの」と声をかけてきた。
はたしてゼジニョだった。紙飛行機を追いかけてきたのだろう。
「ゼジニョ!レッスンはおもしろいか?」
「おもしろいよ。マユミはやさしいし、クラウディオもパソコンを教えてくれる。
チオ・サンドロさんとアントニオは、かっぱらいなんかするとすぐ怒るけど、二人
とも、おれたちのことをいつも心配してくれているんだ。
マンニシャも、けががだいぶなおったので、また挑戦してプロ選手をめざすらしい
けど、できるだけここへくると言ってくれているんだ」
「そりゃよかった」
「悠太のことはわかった?」
「いや、まだなんだ。でも、何かわかることがないかと思って、今日もファベーラ
に行くよ」
「気をつけたほうがいいよ。他人ことなんか知っちゃいないという連中ばかりだ」
「ありがとう。気をつける。でも悠太が呼んでいるような気がするんだ」
「きのう、じいさんのところへ行ったよ」
「『おれたちは入れてもらえない』と言っていたがよく入れたね」
「そんなことには慣れているからな。リカルドと二人、どこかのおばさんについて
いったんだ」
「どうだった?」
「元気そうだった。食べものに心配しなくいいと喜んでいた。でも、小林さんに迷
惑がかかるので、そろそろ出るつもりだと言っていた」
「そんな心配はいらないよ。病院から連絡が来るまでいたらいい。おじさんも、午
後から行ってみるから」
3人は、そこでみんなと別れて、あのファベーラに向った。
いつものように、タクシー運転手の不安と心配が混じった挨拶と視線に送られて、
赤茶けた細い山道を登りはじめた。
スコールは、いつも午後に来るのに、その日は、11時ごろに、真っ黒な雲がみる
みる空に広がり、大粒の雨が降りだした。
ママとのぞみは、午後のスコールには慣れてきたが、これには驚いたようだ。
パパは、「ときどきこんなことがある」と言ったが、雨具は持ってきていなかった
ので、なるべく大きな木を探して、雨宿りすることにした。
雨は、前が見えないほど降っていたが、30分ほどで止むのはわかっていた。
木の枝からは、まだ大量の雨が落ちていたが、スコールそのものは止んできたよう
だったので、歩くことにした。
しかし、一段と蒸し暑くなっていた。悪臭はさらにきつくなった。
山道では人と会わなかったが、広場に近づくと、スコールなんか気にしない子供た
ちの歓声が聞こえた。
さらに広場に向っていくと、子供たちをかきわけ、一人の男がやってきた。
「こんにちわ」パパは、できるだけ明るく挨拶をした。
男は、その声につられて少し手を上げたが、不機嫌な口調で、「お前たちは、きの
うも来たな」と言った。
「そうです。何か新しい情報がないかと思いやってきました」
「ここにはいない」
「やはりいませんでしたか」
「おれたちは誘拐などしない」
「わかりました。また何かあったら教えてください」
3人は、そのまま帰ることにした。パパは、絶望的な気持ちになっていた。「どう
してうまくいかないんだ。お金を払う用意もできているのに」
蒸し暑いはずなのに体が震えてきた。それに気づいたママは、「帰って服を着替え
ましょうか?」とたずねた。
「いや、もう一つのファベーラにも行く」と譲らなかった。
「じゃあ、わたしが聞いてくる。のぞみと待っていてちょうだい」
「だめだ。ゼジニョも言っていただろう?ここは危険なんだ。油断していたら、殺
されてしまうよ!」声を荒げて言った。
ママもそれ以上言わないようにして、のぞみと二人で、よろめくパパの体を支えて
歩いた。
ようやくファベーラに着いた。
つぎはぎの板でできている赤いペンキの小屋は、スコールでぬれていた。きっと小
屋の中も水浸しになっていることだろう。
パパは、広場のベンチにすわっていた痩せた老人を見つけ、「きのう来た者です
が」と話しかけた。
老人は、びっくりしたように振りむいた。雨にぬれたシャツがあばら骨の浮いた胸
にくっついていた。
「ああ知っているよ。みんな聞いていた。あれから、あんたらのことばかりしゃべ
っていたからな」少し笑顔を見せたが、歯はほとんどなかった。
「よかった。日本人の子供を見たことありませんか」
「そんな子供は見たことはない」
「ここの人たちは、何をしているのですか?」
「いろいろだ。よからぬことをするやつもいるだろうな」
「そうですか。あのう、誘拐もありますか?」
「わしらが若い頃は、そんなことをするやつがいなかったが、今は、そういうこと
をする連中もいる。しかし、自宅か銀行へ直行して、お金をいただくだくだけだ」
「外国人だから、どこかへ連れていくということはありますか?」
「それはありえないな。でも、若い連中がみんな殺されちまったので、詳しいこと
はわからん」
「ありがとうございました」
「ここらへんをうろつかないほうがいいぞ。みんな殺気立っているからな」
翌朝、パパは起きられなくなった。
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