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[2007/05/21] 田中君を探して〜パパとぼくの冒険〜第5章43 

ぼくは、どんどん回復してきた。2,3日すると歩けようになった。
何人もの医者や看護師がずっと様子を見てくれたし、パパとママも24時間交代で
つきそってくれた。
平井先生、美奈子、美奈子のお母さん、田宮さん、マリアナも毎日来てくれた。
パパは、「もう大丈夫ですから」と申しわけなさそうに言っても、「もうしばらく
います」と、誰も日本やマナウスに帰ろうとしなかった。
救出された者は、みんなこの病院に入院した。
しかも、警備上のことがあるので、この階の病室に入った。
しかし、ウエスレイさんとドナ・マリアさんは重体だったので、別の階で、特別な
治療を受けていた。
特に、ウエスレイさんは、意識不明の状態が続いていた。
ぼくは、気が気でなかった。二人は面会謝絶になっていたので、医者や看護師に、
ウエスレイさんの様子を何回も聞いた。
そのうち、マルコスさんとジューニオルさんが、ぼくの病室に来てくれるようにな
った。
「悠太、元気になったか?」と、二人は、ぼくを抱きしめてくれた。
パパは、「あなたたちのお陰で助かることができました。ほんとにありがとうござ
います」と礼を言った。
「いや、悠太が、ルーカスを守ってくれたから、みんな辛抱できたんですよ」と言
ってくれた。
ぼくらは、ルーカスの病室にも行った。
ルーカスも元気になっていた。しかし、ずっとママから離れなかった。
テレビや新聞は、毎日のようにぼくらのことを伝えていた。
マルコスさんの勇気やジューニオルさんの詩を賞賛し、ウエスレイさん、ドナ・マ
リアさん、ぼく、ルーカスのがんばりや、フォフォの献身ぶりを書いていた。
そして、キリストが助けてくれたのだと結んでいた。
さらに新聞によると、フォフォは、ドナ・マリアさんの自宅で、ゆっくり静養して
いて、最初はやせていたけど、今は、元の体にもどったようだった。
また、警察は、カトウさんが指揮を執り、コルコバードの丘周辺をさらに捜索した
ことも伝えていた。
アジトが2ヶ所見つかり、人質はいなかったが、麻薬が発見されたようだった。
2週間ほどして、ウエスレイさんの意識がもどり、二人とも、ぼくらの階の病室に
来た。
ぼくらは、医者の許可をもらい、二人の病室に行った。
二人とも、まだ前のように話すことはできなかったが、涙を流して喜んでくれた。
二人の家族も喜んでいた。
ブラジルのルラ大統領も見舞いに来てくれた。
「きみとパパのことはずっと心配していた。辛かっただろう。
助けるのがこんなに遅くなって、ほんとに申し訳なかった。許してほしい」と、ぼ
くを抱いてくれたけど、顔一面のひげで、ぼくの顔がちくちくした。
ぼくらは、ゼジニョたちがいる海岸に行くことになった。
パパから話を聞いていたので、海岸にいる人たちは、前から知っていて久しぶりに
会うような気持ちになった。
きっと、みんなも、ぼくらのことをそう思っていることだろう。
海岸に着くと、大人も子供も、にこにこして、ぼくらを待っていてくれた。
一番喜んだのは、マルネーネだっただろう。またのぞみと会えたからだ。すぐに走
ってきて、のぞみに抱きついてきた。
ぼくは、一人一人の顔がわかった。
ゼジニョ、デデ、仲間たち、セウ・ペードロじいさん、そして、マユミ、マニンシ
ャ、アントニオ、クラウディオ、チオ・サンドロさん、
他に何人かいた。先生も増えているようだ。
ぼくらは、探してくれてありがとうと心からお礼を言うと、みんなの歓声と拍手が
響いた。
数日後、パパは、ぼくが行方不明になったとき以来のインタビューを受けた。
「見るべきほどのことを見つ」と人生や社会がわかったように思っていたが、まだ
見るべきものはいくらでもあることを知ったと言った。
社説には、大きな悲劇であったが、小林と息子の悠太は、これから自分の人生を切
りひらいていくだろう。
しかも、小林は、リオのためにいろいろしてくれた。
聞くところによれば、リオのカーニバルを見たことがないという。
小林たちのために、カーニバルをもう一度やろうという記事が載った。
リオのカーニバルは、2月の末に終わっていたが、ルラ大統領が、ぼくらが見てい
ないのだからと後押しをしてくれたようだ。
会場も、同じサンボドロモで行われることになった。
マルコスさんもジューニオルさんも、「そいつはいいや」と大喜びだった。
観光客も喜んでいると新聞に載っていた。
当日、サンボドロモに行った。中に入ると、びっくりするような大きさだった。
カーニバル専用の会場で、8万人も入れるらしい。熱気でむんむんしていた。
決定から1週間ほどしかなかったが、見上げるような仕掛けもできていた。どれも
ありとあらゆる色で飾られていた。
そして、頭に色とりどりの羽をつけ、きらびやかな衣装をまとった女の人がたくさ
んいた。
観客も、さすがに満員ではなかったが、1万人ぐらいいただろうか。
ぼくらも興奮してきた。ママやのぞみなどの女たちは、「すごい、すごい」と大は
しゃぎだった。
ぼくは、アマゾン川を案内してくれたバチスタさんやアントニオさん、
そして、船が故障したとき助けてくれたガヒンシャさん、ホドソンさん、
ゼッカさんたちに、6月末にパリンチンスで行われる、リオのカーニバルに似たボ
イ・ブンバという祭に行くことを約束していたことを思いだした。
しかし、今年は、無理だろうと考えていると、司会者が出てきて、一人一人紹介を
始めた。
会場の真ん中にある壇上に上ることになった。まず、ぼくらの家族だった。
ぼくは、パパとママ、のぞみ、美奈子、美奈子のお母さん、平井先生、田宮さん、
マリアナといっしょに上がった。
そして、車いすに乗ったウエスレイさんと家族、ドナ・マリアさんと家族、ルーカ
スと家族、マルコスさんと家族、ジューニオルと家族と続いた。
一人一人に、ものすごい拍手が上がった。
誰かがぼくの手を握った。誰だろうと見上げると、ルラ大統領だった。
「今日は、楽しんでくれ」と笑顔で言った。
壇の近くにも大勢の人がいたが、ペンションのオーナー、モニカさん、
ゼジニョやマルネーネたち、セウ・ペードロじいさん、そして、マユミたちも笑顔
でぼくらを見ていた。
みんなの紹介が終わると、ジューニオルさんの詩が朗読された。

ムイト・アレン・ドス・ミリャレス・デ・キロメトロス・ダキ、フィカ・オ・パイ
ース・ド・ノッソ・アゴラ・イルマウン・フラテルノ
ノ・パッサド、アリ・エスタヴァ・ウン・ノブレ・ジョヴェン・フォルチ・イ・ヴ
ァレンテ・ア・ルッタール
アポス・ア・デホタ・ナ・ゲハ・ぺロ・ポデル、スイシダシ・ジゼンゾ・キ・ジ
ャ・ヴィウ・トゥド・キ・デヴェリア・セル・ヴィスト
フォイ・エリ・ケン・ヴィウ・ネスチ・ムンド、トゥド・シ・トランスフォルマ
ル・コン・
オ・テンポ・イ・シ・アカバール・ノース・タンベーン、ヴィーモス・アゴラ・
ア・イマジェン・ド・ノッソ・セニョル
サント・ガット、キ・プレゾ・コノスコ、トロウッセ・ア・ノース・プレシオゾ
ス・アリメントゥス
エーリ・アレーン・ジ・サシアル・ノッサ・フォーミ・ファス・アウマ・ヘスシタ
ール
エー・タンベーン・デントロ・ジ・ノース・キ・デヴェーモス・プロクラル・ノッ
ソ・デウス
遥か万里の向こうに、同胞になりし人の国あり
昔、そこに、勇猛果敢な公達(きんだち)ありき
天下の戦いに敗れし折、「見るべきほどのことを見つ」と自害す
この世に、諸行無常の姿を見たものなり
われらも、今神の姿を見つ
われらとともにとらわれし「ねこま」(猫)、われらに糧(かて)を運びぬ
そは、腹を満たすだけでなく、魂を蘇らすものなり
われらも、われらの中に、神を探さん

1万人近い人は、「フォフォ、フォフォ」という名前を叫んだ。
すると、壇上にいた人が、ぼくらの前に出て、手を上げた。
ぼくは、そちらを見て驚いた。フォフォが来ていたのだ。ドナ・マリアさんの家族
が、フォフォの手を上げていたのだ。
地響きするような歓声が起こった。フォフォは、どんな気持ちだろう。
司会者は、「心のトカトントンを追いだし、夢と希望を追いかけていこう。
疲れてしまったら、しばらく休んで、また歩こう。見るべきものがいっぱいあるか
ら」と
大きな声で言った。
すると、ホイッスルが高らかに鳴った。それが、カーニバルの始まりだった。
腹の底まで震えるようなサンバの音楽が響きわたった。
何千人という踊り子が、一気に激しく踊りだした。すさまじい勢いだ。
本来のカーニバルは、4日間、3000人以上の踊り子が1チームになって、
20チーム以上で優勝を争うようだが、今日はそういうことをせず、ぼくらのため
に踊ってくれたのだ。
観客たちも、サンバのリズムに夢中になった。
5時間ぐらいで、カーニバルは終わった。時間は短かったようだが、「見るべきほ
どのこと」はあった。
2,3日して、マナウスに帰る田宮さんとマリアナを見送った。もちろん再会を約束
した。
パパを除いて、ぼくらも日本に帰った。パパはどうしたかって?
パパは、田中君に会うために、ポルトガルに向ったのだ。パパは帰ると主張した
が、田中君に会わなければ、この冒険は終わらないとママが言ったからだ。
ぼくらは、日本に帰ってから、外務省の人に会ったり、取材を受けたりと忙しい
日々を過ごした。
ママが、パパにこのままポルトガルに行くようにすすめたのは正しかったようだ。
ぼくはいえば、チルとピカソがぼくから離れないので、まだ吉岡先生に、虫歯の治
療をしてもらう約束をすっぽかしたままだ。                 
                                    完




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