[2007/06/11] シーラじいさん見聞録 第1章2
シーラじいさんは、マウじいさんの家に行くことにした。
マウじいさんを探すことができなかったので、気が重かったが、奥さんは心配して
いるだろうから、伝えることは早く伝えなければならない。
ここは、町から遠く離れているので、誰かと出会うことは少なかった。
今はそれのほうがよかった。
誰かと話をすると時間が取られるだけでなく、それによって、
砂が舞いあがるように、心におさまっていたものが動揺すると、自分を落ち着かせ
なければならなかったからだ。
2時間近くかけて、町に着いた。そして、マウじいさんの家に行くと、裏口から入
った。
ここでも誰かに出会うことを避けたかったのだ。
奥さんは、「シーラじいさん!」と言葉が出ないほど喜んでくれた。
しかし、すぐにシーラじいさんのそばに、誰かいないか目を動かした。
「ああ、そうなんだ。わし一人で帰ってきた。マウのやつはいなかった。
そして、捜索の打ちきりも命令してきた」
奥さんは、少し黙りこんだが、「そうでしたか。長い間探していただいて、ありが
とうございました。
兵士の皆様にも、よくお礼を言っておいてください」と気丈に答えた。
また、しばらく沈黙が続いた。
「どこかで、考えごとでもしていて、気が晴れたら、何気ない顔をして帰ってくる
かもしれん」
シーラじいさんは、独り言のように言った。
「わしは、マウのことよく知っている。子供のときからいつもいっしょだったんで
な」
「わたしも、そんな気がするんですよ。だから心配しないようにしています」と、
奥さんも、微笑んで言った。
シーラじいさんは、勢いづいて言った。
「長男が亡くなってから、ぼんやりしていることが増えたな。次男のことも心配し
ていたようだ」
「そうなんですよ。
いつも遊びほうけているから、しばらく入隊して、みんなの役に立ったらとどうな
のと言うと、ぷいとどこかへ行ってしまうので、困っていたようですね」
「わしに相談してくれたらいいのに」
「シーラじいさんには話しにくかったのかもしれません」
「わしらシーラカンスは、4億年生きているのだから、そうあわてることはない」
「シーラじいさんもお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください」
「そうじゃな。ぐっすり寝たら、またいい考えが浮かぶじゃろう」
シーラじいさんは、外に出た。
外には、大勢の子供たちや大人が集まっていた。
「シーラじいさん。マウじいさんは見つかったの?」
「いや、だめだった」
「どこを探したの?」
「ムワリ谷は探したが、マヨット谷は全部探していないようだな」
「どうしてマヨット谷も全部探さないのだ」と、後ろにいた大人が、前に出てきて
言った。
「いや、オーショネッシーがそう判断したんだから」
「シーラじいさんなら、そんなことはしなかっただろう」と、その大人は食いさが
った。
「まあそうだが。兵士が疲れたので、やむをえなかったのだろう」
「今の若い者は、職務を全うしないな」その大人は、そう言うと、どこかへ去って
いった。
みんなをかきわけて、家に向った。
「マウじいさんは見つかったの?」どこからか娘のような声がした。
シーラじいさんは、あたりを見まわした。
すると、足元に、赤いまんじゅうのようなものがいた。
口も鼻もないが、まんまるい目で、こちらを見上げていた。その近くには、小さな
耳のようなものがついていた。
「ああ、おまえさんか」
これは、「メンダコ」だ。いつも海底にすわっているらしい。
「マウじいさんのことを考えると、涙が止まらないの」
「どこかで元気にいるから、心配することはない」
「マウじいさんは、いつもわたしに声をかけてくれていました。
わたしは、いつも、ここにいるのに、あの日は、たまたま親戚に用事があったの
で、留守にしました。
あの日も、ここにいて、マウじいさんと話をしておれば、こんなことにならなかっ
たような気がして」
声はかぼそく、まんまるい目は涙を流しているようだった。
「いや、そんなことは気にすることはないよ。わしも、何とかするつもりだ」
「シーラじいさん、お願いします。わたしは、いつもここにいますから」
さらに進むと、「わたしゃ見たわよ」という声が聞こえた。
えっと振りかえると、ユリの花だった。
わたしは、すぐに手に持っていた深海図鑑で調べた。「ウミユリ」だ。
花のように見えるけれど、ウニやヒトデの仲間で、細い茎で立っている。花びらの
ようなものは腕だ。そのまんなかに口がある。
「どっちへ行ったんだ?」。
「オイデス山のほうへよ」
「そうか」
「それを、オーショネッシーに教えてやりたかったな」
「みんなあわてているとき、『見たわよー』って叫んだのに、誰も話を聞いてくれ
なかったわ。
かわいいメンダコやユメカサゴだの、キラキラしたクラゲだのに目を向けているん
だから。
わたしが動けないことをいいことに、単なる目印ぐらいにしか思っていないんでし
ょう」
「ウミユリ」の声はだんだん高くなっていったので、シーラじいさんは、お礼を言
ったりあやまったりしてから、これからは、いの一番に来ることを約束した。
わたしは、この見聞録を記録している者であるが、この機会を逃してはと思い、
「シーラじいさん」と声をかけた。
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