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[2007/07/02] シーラじいさん見聞録 第1章5 

マウのやつは、オイデス山のほうへ向ったとウミユリが言っていたな。
オイデス山は、マヨット谷の方角だ。
オーショネッシーたちは、マヨット谷の半分しか捜索できなかったとしても、オイ
デス山は通ったはずだ。
しかし、マウのやつが、山の裏手にいたら、気がつかなかっただろう。
ときどき帰ってこない調子者がいるが、マウのやつは、
国境の向こうがどうなっているのだろうとか、食料を探しにとかで、ふらふら国境
を出ていくような者ではない。
それは断じてない。
そして、親であろうが誰であろうが、いなくなった者を探したりせずに、自分の生
活を続けるのが、自分の仕事だと4億年前から言われてきている。
それなのに、わしは、オーショネッシーたちに、マウを探すように命じてしまっ
た。
オーショネッシーたちも、内心、なぜこんなことしなければならないのかと不満を
もっていたのにちがいない。
若いとき、そんなことを言われれば、わしも断っただろうし、また、そんなことを
命じた者もいない。
アーサー大佐は、かわいがっていた甥っ子がいなくなったとき、悲嘆にくれていた
が、わしたち部下に探してこいと言わなかった。
結局、甥っ子は、2、3日後に、ほうほうの態で帰ってきたが、サメにやられたよ
うで、傷が深くて死んでしまったが。
ところが、わしは、親友だから探してほしいと言ってしまった。
ああ、なんてことを言ってしまったのだ。
耄碌(もうろく)すると、まわりを傷つけ、自分を傷つける。長生きはしたくない
ものだ。

シーラじいさんは、あまりにも自分が情けなくて、がたがた震えてきたほどだっ
た。
しかし、しばらくすると、感情は、行き場を失ったかのように、少し落ち着いてき
た。

ほんとはこのまま死んでしまいたいが、往生際が悪いといわれても、明日、マウの
やつを探しに行こう。
最初からそうしておけば、なんでもなかったのだ。このままでは、オーショネッシ
ーたちや奥さんに顔を合わせられない。
オイデス山をぐるっと回ってから、マヨット谷の残りも探そう。
責任は、それから取ればいいのだ。

目をつぶって、何も考えないようにしていると、オイデス山の裏手で、死にそうに
なっているマウじいさんが浮かんだ。

そうなら、わしが、やつを見つけても、もうどうなるものであるまい。
しかし、最後の姿を目に焼きつけてやれば、やつも、安らかに死んでいける。そし
て、わしを待っていてくれるだろう。

今度は、子供のとき、先生に連れられて、みんなでオイデス山の山麓で遊んだとき
のことが浮かんだ。
そこで一晩泊まり、翌日も遊んだ。
たわいもない遊びだったが、あきることなく遊びつづけた。
先生は、「変わらない」ことがいかにすばらしいかをいつも話してくれたが、子供
心に、それが納得できたのだった。
熟睡できなかったが、それでも、少し元気を取りもどした。すると気持ちが高ぶっ
てきた。
シーラじいさんは、外を見回した。まだ太陽が顔を出していないらしく、深度70
0メートルの世界は真っ暗だった。
ときおり、遠くで赤い光が点滅しているのは、クラゲの仲間だろう。
鰭が一つなくなってから、体を動かすことが辛い。しかも、無理をすると、疲れが
なかなか取れなくなっていた。
鰭は、食料を取りにきた、サメの仲間のラブカに立ち向かったとき、ラブカの鋭い
歯に噛み切られたのだ。
これで、シーラじいさんの名声は絶対的なものになった。
大人も子供も、いつもシーラじいさんのまわりに集まってきた。イカやタコの仲間
も、シーラじいさんを見にくることがあった。
どこかに行けば、いろいろなイソギンチャクが、その華やかな無数の触手を打ち振
り、クラゲたちが、七色の光でシーラじいさんを祝福した。
今回のことでは、そこに自分の甘えがあったのでないかと自分を責めたが、今は、
そういうことを考えている場合ではない。
もう悩んだり、迷ったりしている時間がないのだ。
シーラじいさんは、思い切って、高台の家を出た。
進んでいる間に、わずかな光が届くようになれば、誰かに見つかってしまう。
それで、なるべく町中を避けるために、裏道を行くことにした。
しかし、岩などが立ちふさがり、大回りをしなければならないときは、運を天に任
せて、表の道を進んだ。
オイデス山まで二日かかるのだから、体力を温存しなければならないからだ。
幸いなことに、ちらっ、ちらっと影を見ることはあったが、誰にも見つからずに、
町外れまで行くことができた。
そこで少し休むことにした。
もし食料を得ることができたら、なおさらいい。深海は、真っ黒から、濃紺になっ
てきた。小さな影があちこちで見えた。
しかし、なかなか食料を捕まえることができなかった。
しばらく様子を見てみたが、近づいてくるものがなかったので、あきらめざるをえ
なかった。
多少空腹をおぼえたが、ゆっくりしておれない。シーラじいさんは、そこを離れ
た。
そして、気になるような岩などの後ろに回りながら進んだ。
相当疲れているのがわかったが、休もうとしなかった。一度休むと体が動かなくな
るような気がしたからだ。
進んでいる間に、うまく食料を取ることができた。空腹を満たすほどではなかった
が、かなり大きかったので助かった。
そうすると、やはり、これ以上進む気力がなくなった。
あたりを見渡すと、また暗くなっていた。一日中探していたことになる。
ここから、オイデス山まで、あと半日はかかるだろう。
しかも、山を一周するとなると、かなりの体力がいる。シーラじいさんは、ここで
一泊することにした。
体はあちこち悲鳴を上げていたが、疲れがそれを上回り、すぐに眠りについた。





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