[2007/09/10] シーラじいさん見聞録 第1章15
何という美しくて平和な光景だろう!
さんご礁がどこまでも広がっていて、色鮮やかな大小の魚が泳ぎまわっている。
わたしは、深海図鑑を探した。しかし、ここは深海ではないので、今泳いでいる魚
は載っていない。
誰かが、「あれは、アカモンガラだ」とか「カスミアジが来た」という声が聞こえ
た。
サンゴ礁の上を悠々と泳いでいるのがそうらしい。かなり大きそうだ。
どこまでも広がっているサンゴ礁のまわりには、チョウチョウウオやハギ、ベラな
どの仲間が集まっている。それらの姿や色は、私にもわかった。
みんな、忙しそうにサンゴ礁の中に入ったり、出たりしている。
人間が近づいてきても、どんな魚も気にしていないようだ。人間も、自分の仲間
に、何かの魚がいることを教えたりしているだけだ。
ここは楽園なのか。
やがて、人間が去っても、前と変わりなく、静かで、にぎやかなとでもいうべき世
界が広がっている。
シーラじいさんとわたしたちも、言葉を出すことも忘れ、その美しさに見とれてい
た。
しかし、シーラじいさんは、ここは水圧が低すぎて、少し調子が悪くなってきたの
で、先を急ごうと思った。
また人間が来るかもしれないので、その楽園から離れて進んでいった。
海底は、だんだん浅くなっていったようで、水の中は、さらに明るくなった。
青い水の中を、無数のまぶしいものが、動きまわっているように見えた。
「あれはなんだろう。魚にしては、めまぐるしく動く」とシーラじいさんは見てい
たが、「あれは光だ」と気がついた。
「まるで生き物のようだ。ここでは、光でも仲間なのだ」
シーラじいさんは、あらためて自分を考えた。
わしらは、ずっと深海にいて、さらに目立たないように、岩に似せて作られている
のだ。
さらに念がいったことに、貝がくっついている岩のようになっているらしい。
そうして、わしらはのんびり生きてきたのだ。
その世界に合った姿になっているのだろう。
何億年という昔に、わしらも浅瀬にいたときは、ここの魚のように、小さくて、い
つも泳ぎまわり、光を追いかけていたのだろうな。
しかし、今となっては、ここでは目立つようだ。
暗くなるまで待ったほうがよさそうだと思い、岩陰で休むことにした。
初めて見た光景に興奮して、なかなか眠れなかったが、やはり疲れていたようで、
いつのまにか眠りに落ちた。
目覚めたとき、あたりは暗くなっていた。目を凝らしてみたが、どこにも動きはな
かった。
注意を払いながら、上に行った。何か光っているようだった。あれは、クラゲや魚
の発行器だろう。
夜になると、深海から、食べものを探して、「海の終わり」近くに来る者がいると
聞いていたが、それにしても、こんなに大勢来ているのかと訝しく思った。
上に行くほど、光は、ますます明るくなって、目が痛くなりそうだった。
そして、これ以上進めないことがわかった。とうとう「海の終わり」に来たのだ。
しかし、無数の光は、頭の上高くで、ぎらぎらと光輝いていた。
「もう海はなくなっているのに、どうしたことだろう」シーラじいさんは、妙な感
覚に陥った。「あそこにも、海があるのか」
そのとき、一つの光が、すっーと流れた。「あの輝くものは星だ!」シーラじいさ
んは叫んだ。
「話を聞いたことはあったが、こんなに美しいものは!」満点の空を見つづけた。
「そうそう。わしらがいるところは、年中回っていて、季節とやらで、出る星がち
がうらしい。
だから、人間は、星を見て方角がわかるらしい。それでは、さっき走ったのは流れ
星か」
「思いだした。人間は、星と星を結びつけて、自分たちや動物に似ているとか言っ
ている。
しかし、こんなに多いのに、よくそんなことができたものだ」
「でも、あれは、オリオン座とちがうか」
確かに、四つの星の枠の中に三つの星が並んでいた。
シーラじいさんは、無理な姿勢で星空を見ていた上に、波がきつくなってきたの
で、体がしびれてきた。
もはや力は残っていなかった。
大きな島は、朝になれば見えるだろうと思い、さっきの岩の陰にもどった。
少し明るんだ頃、シーラじいさんは、また上に上がった。
星は、やや光が衰えていたが、まだ夜空を照らしていた。
「海の終わり」に顔を出して、あたりを見回した。
遠くに島影が見えた。このまま進んで、島の後ろに回ってから、下っていけばいい
のだ。
「そうだ。ようやく帰れる。しかし、今まで見たことをしゃべっていいものなの
か」と考えているとき、背後に何か感じた。
振りかえると、真っ赤なものが、遥か遠くの海から上るところだった。それは、瞬
く間に空や海を赤く染めていった。
「太陽が昇るのだ。一日は、こんなふうに始まるのだ」
シーラじいさんも、灰暗色の大きな体を赤く染めながら、朝焼けの様子をいつまで
も見あげていた。
しかし、太陽の光は、だんだんきつくなり、もう目を開けていられないほどまぶし
くなった。
ここにいては危険なので、海にもぐり、誰にも気づかれないようにして、前に進ん
だ。
そして、これ以上は危険だと判断して、島の反対側に行くことにした。
しばらく進むと、浅瀬が切れたので、ほっとした。
あまりに水がきれいなので、遠くからでも見つかるおそれがあったからだ。
もう体力は限界近くまで来ていた。休みながら、もう少し、もう少しと、自分に言
い聞かせて進んだ。
そして、どうやら反対側までたどりついたようだった。
シーラじいさんは、もうここに来ることはないだろうと思って、あたりを見まわし
た。
遠くに島影が見えた。
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