[2007/09/24] シーラじいさん見聞録 第1章17
「大陸?」
「そう、どこまで行っても土地があるのを大陸といっておる」
「それは、『とてつもなく大きな島』というのではありませんか」
「いや、大陸は、どんな大きな島より何百倍と大きい」
「わしらは、大きな島の下に住んでいると、ずっと教えられてきた。
そして、この近くに、『とてつもなく大きな島』があると聞いてやってきたのだ
が」
「もう少し行けば、確かに大きな島がある。大陸ではないが、『とてつもなく大き
な島』といえばそうだ。
しかし、わしらは、そこに住んでいるが、お前さんたちのことは聞いたことがな
い」
大きなウミガメは、気の毒そうに言った。
「それじゃ、わしは、またまちがったようだ」
「また元にもどりなされ。
この島から数えて、四つ目が、その大きな島だ。その向こうは大陸があるが、そっ
ち側に、お前さんの国があるはずだ」
「ご親切にしていただいて感謝しております。このとおり年も取って、体も不自由
なものだから、なかなか思うように動けなくて」
「いやいや、わしより若そうなので、大丈夫だ」
「あなたは、かくしゃくとしていてうらやましいかぎりです」
「わしらは、浅瀬で生きなければならない。
だから、油断ならない敵に会えば、急いで逃げられるようになっているだけの話
だ。
お前さんたちは、深い海でのんびり暮らすようになっているように。
それでは、気をつけて」
大きなウミガメは、そういうと、くるりと身をひるがえし、「とてつもなく大きな
島」のほうへ泳ぎだした。
そして、その姿は、あっという間に小さくなっていった。
シーラじいさんは、呆然としたままだった。
しかし、体が動きそうにない。この年になって、見知らぬ場所で行きだおれになる
とはな。
しかし、これが、わしの運命じゃ、誰も恨むことはない。
「とてつもなく大きな島」を教えてくれた、大きくて黒々とした目をしたマグロだ
って、わしがいいかげんなことを言ったのに、
仲間から遅れることなどかまわず、ていねいに応対してくれた。
とにかく、もうあわてることはない。なるようにしかならないのだから。
シーラじいさんは、もう一度、海にもぐり、先ほどの岩場で休むことにした。
よほど疲れていたのだろう、そこで、二日ほどいた。目が覚めても、じっと動かな
かった。
私たちは、シーラじいさんに、「とてつもなく大きな島」がマダガスカルであるこ
と、四つの島はコモロ諸島であることを言わないようにしていた。
シーラじいさんのことを知ったいきさつについては、また話すこともあるだろう
が、最初から、シーラじいさんを、「見るべきもの」と考えていたからである。
シーラじいさんは、少しずつ体力がもどってくるのを感じると、今の状況を、ちが
う角度から考えられるようになってきた。
あの時、朝早く「とてつもなく大きな島」に向かっていたら、ウミガメの老人に会
うことはなかったはずだ。
そうすれば、わしは、もう二度と国には帰れなくなっていただろう。
運命は、一筋縄ではないような気がしてきた。それでは、わしの運命を最後の最後
まで見届けることが、わしのやるべきことかもしれないと思った。
といっても、ウミガメの老人のお陰で、今度こそ帰れそうだ。もと来た道をまちが
わないようにするだけだ。
シーラじいさんは、海面下20メートルぐらいの深さを泳ぎだした。
ほんとは、もっと深いほうがいいのだが、方向を確認するために、ときおり「海の
終わり」に上がらなければならないので、深くもぐると、体力が消耗するからだ。
昼間泳ぎ、夜は星空を楽しんだあと、深くまで下りて岩場の影で休んだ。
数日してから、「海の終わり」に出てくるたびに、体が大きく揺れるのを感じた。
体力が弱ってきているようだったので、無理をしないようにした。
「海の終わり」では、さらに体が揺れたが、それは、波が高くなっているからだと
気がついた。
三つ目の島が見えてきたときには、雲が飛ぶように動いているのが見えた。
のんびり飛びまわっていた鳥も、吹きとばされるかのように空のどこかに消えてい
く。
そして、ゴーゴーという音が、不安を掻きたてるのだ。
何が起きているのかわからなかったが、とにかく、休まずに島の向こう側に行くこ
とにした。
ここまで来ると、もぐったまま島に沿って進めばいいのだ。そして、ようやく元の
場所にもどることができて、シーラじいさんはほっとした。
上では、何かたいへんなことが起きているようだから、ここでしばらく休むことに
した。
半日ほどぐっすり眠った。何か胸騒ぎがして、上に行くことにした。
「海の終わり」に近づくにつれ、暗闇の中で体が激しく揺れだした。
波と波がぶつかるドーン、ドーンという音や、ゴーゴーという風の音が聞こえる。
横なぐりの雨も激しく降っている。
シーラじいさんは、急いで体勢を立てなおし、海の底にもどろうとあがいた。
しかし、底から突きあげられたようになって、体が空中に跳ねあげられた。
背中から、波に落ち、また跳ねあげられるのだ。
シーラじいさんは、そのまま気を失った。
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