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[2007/11/25] シーラじいさん見聞録 第1章23 

シーラじいさんは、無我夢中で鰭(ひれ)を動かし泳ぎつづけた。
しかし、あせればあせるほど、水圧が壁のようにシーラじいさんに抵抗した。
しかも、胸鰭が一つないので、力任せに行くと、体が、まっすぐ上に向かわず下に
行ってしまう。
心臓が口から飛びだすようだったが、がむしゃらに力を振りしぼった。
息もたえだえになりながらも、何をすべきか考えようとした。
自分の国では、軍隊の指揮を取っていたが、
こんな危険な敵に遭遇することはなかったし、こんな広大な場所では、岩礁におび
きよせて、迎えうつということもできない。
逃げるしか方法はないのか。
わしは、もう長くない。
もしあいつらが近くまで追ってきているのであれば、自分がおとりになろう。
そうすれば、あいつらは、わしに狙いを定めるはずだ。
オリオンとちがう方向へ行けば、その間に、オリオンを逃げることができる。
そう決めて、振りかえってオリオンに呼びかけようとしたが、オリオンの影が見え
ない。
しかも、大声が出そうとしたが、声が出ないことに気がついた。
オリオンは、やつらに捕まったかという思いが一瞬心に浮かんだが、すぐに一つの
影が近づいてきた。
オリオンだ。おーい、オリオン!と叫んだが、まだ声にならなかった。
やきもきする間もなく、その影は、また離れていく。
オリオンは、シーラじいさんの後方を警戒しているのだ。
なんてやつだ。子供のくせに、一人前の兵隊だ。こうなりゃ、逃げるしかない。
シーラじいさんは、オリオンを守るためには逃げることが一番だと思いなおして、
さらにがむしゃらに体を動かした。
あたりは、少し青みがかるようになってきた。のんびり泳ぐ魚があらわれはじめ
た。
どうやら逃げられたようだ。しかし、シーラじいさんとオリオンは、そこを突っき
り、「海の終わり」に向った。
そして、ようやく動きを止めた。
オリオンは、ジャンプして、あいつらが来ていないかを確認した。そして、あたり
を泳ぎつづけた。
日の光がまぶしく、目を開けておられないほどだったが、シーラらじいさんは、息
を弾ませながら、その場で休んだ。疲れがどっと押しよせてきた。
ようやく心臓が落ちついてきてから、体の傷を調べた。
体の右側にかなりえぐられて赤くなっているのがあったが、血は止まっているよう
だ。
それから、シーラじいさんは、「オリオン」と呼んでみた。どうやら声が出たよう
だ。
オリオンは、シーラじいさんの近くまでやってきた。
「シーラじいさん、疲れは取れましたか?」
オリオンは、4,5時間は「海の終わり」に来れなかったのに、柔和な顔で返事を
した。
「オリオン、おまえのおかげで、また命拾いをした。ほんとにありがとう。苦しか
っただろう」
「いえ、大丈夫です。でも、あぶないところでした」オリオンは、笑顔で答えた。
「どこかけがをしていないか」そういうと、シーラじいさんは、オリオンのまわり
を回った。
尾のつけ根の腹側が、骨が見えるほどひきちぎられていた。
「こんなことになって痛かっただろう。無理をすると、またやつらがやってくるか
もしれないから、完全に直るまでどこかで休もう」
「では、安全なところを探しましょう」
「おまえのパパには申し訳ないことをした。男の子にけがをさせて」
「そんなことはありません。パパも、体中に傷がいっぱいあります。
パパは、何も話しませんが、近所のおじさんは、おまえのパパは、若い頃から、弱
い者をいじめているやつを許せなかった。
それで、よくけんかをしたので、傷だらけになったのだと言っていました。
お兄ちゃんも、パパの傷にあこがれています。お兄ちゃんは、ぼくの傷を見て、き
っとうらやましがるだろうと思います」
「そうか。でも、おまえは、パパたちを探さなければならないのだから、あぶなく
なったら、すぐに逃げよう」
オリオンは、高揚した気分がまだ残っているらしく、「シーラらじいさんも、その
傷は戦った跡だと言っていましたね」
「ああ。これか」と、左の胸鰭があったところを見た。
「わしらの国に侵入してきたオオダコが、戦友を襲おうとしていたので、無我夢中
で体当たりした。
そうしたら、足で体を押さえつけられて、ここを引きちぎられたのだ」
「シーラじいさんは勇敢だなあ」オリオンは、目を耀かせて言った。
「それは昔のことだ。しかし、おまえのほうが勇敢だ。
わしは、おまえぐらいのときは、小隊長をしていたが、臆病で、なるべく敵に会わ
ないように祈っていた。
そのときは、幼なじみがやられそうになっていたので、ぶつかっていっただけだ」
  「大勢で向ってくるなんて、サメは卑怯なことをしますね」
「あいつらも腹をすかせていたんだろうな。
そこに、わしのような田舎者がうろうろしているのに感づいて、近づいてきたんだ
ろう。
弱っているのをいただくのは、食物連鎖では当然のことなのだろうな」
「食物連鎖?」
シーラじいさんは、大きいものが、小さいものを食べて、小さいものが、より小さ
いものを食べていくことについて説明した。
この世に生まれたものは、生きていくために、そして、子孫を残すために、そうす
るように決められているのだといったが、
オリオンにはまだ理解できないようだったので、それ以上説明することは止めた。
「もちろん、小さいものには、大きなものから逃げる権利がある。
あいつらが必死で追いかけても、わしらも必死で逃げる。さっきそうしたように
な」
オリオンは、何か考えているようで、返事をしなかった。
「そうして、どんなに小さいものでも、必死で生きているものだけが強くなる」
オリオンの目が光った。






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