[2007/12/24] シーラじいさん見聞録 第1章25
「サンゴ礁に出入りする者には気をつけるんだ。しかも、大きな枝が入り組んでい
るので、
何が隠れているか知れたものじゃない」
「でも、この世の楽園だと言っていたじゃないか」
シーラじいさんは、答えに詰まった。
「そうだ。最初はまばゆいばかりの色と光を見て、そう思った。
しかし、思いだしたことがある。ここは、確かに居心地がいいが、そのために、大
きな魚が集まってくる」
「つまり、食物連鎖だろう?」
「そうだ。他の場所より油断ならないのだ。魚についているあの奇抜な色も、大き
な魚を牽制したり欺いたりするものらしい。
今のところ、大目に見られているようだけど、いつまでもおとなしくしている保証
はない。
大きいといっても、おまえより小さいが、あいつらも生きていかなければならない
ので、大勢で、おまえを攻めるかもしれない。
しかも、毒をもっている者もいると聞いたことがある」
「わかったよ。気をつける」
「ところで、その子は、何を言っているんだ?」
ようやく話を聞いてもらえることになったオリオンは、ゆっくり話しはじめた。
「その子の国は、あのサンゴ礁からずっと下のほうにあると言っていました。
そこでは、大人は、何かあるとすぐにけんかをするらしいです。
何もなかっても、けんかのためにけんかをするのです。
あの子が生まれたときには、もうそうだったので、これが当たり前だというか、
疑うことさえしなかったのですが、あの子のおばあちゃんの話では、
昔は、ほんとに平和で、笑いがたえない国だったそうです。
みんな、あちこちで一日楽しくしゃべって、よその者が通りかかっても、まあゆっ
くりしていってくださいといって、食べものを出したりしていたそうです。
しかし、4,5年前から様子がちがってきました。
どうやら、だれかが、けんかの種をまいたようなのです。
その種から芽が出て、花が咲くと、友だち同士が、お互いの悪口を言い、殺しあう
ようになりました。
あいつは、おまえのことをこんなふうに言っていたぜと告げ口をする者も増えた
し、
あいつは、どうもおれを殺そうとしているようだと疑心暗鬼で落ちつかなくなる者
もいるといった調子で、
だれが敵か味方かわからなくなったのだそうです。
子供だって油断できません。昔おまえのおやじに叱られたことがあるといって攻撃
されるのです。
それで、みんな家から出ないで、じっとするしかできないのです。
あの子のパパも、けんかの巻き添えで殺されました。
その子は、ママと妹といっしょに、家に隠れていたのですが、毎日泣いているママ
や妹を見ていて、このままでいいのだろうかと考えるようになったと言います。
それで、ママ、ぼくは、こんな生活はどうもおかしい。おばあちゃんが言っていた
ような、みんなが親切で、やさしい国を一度見てみたいと言ったそうです。
ママは、最初反対したけど、このままでは何も変わらないわ。
それじゃ、おまえ、外国を見てきておくれ。そこで、どうしたら前のような国にな
れるか教えてもらいなさい。
それが、おまえたちが幸せになる近道だからと言ってくれたのです。
そして、ようやくたどりついたのが、色彩と光にあふれたサンゴの国だった。
あの子は、ここがぼくらの理想の国だと思い、ここにしばらくいることにした。
みんなサンゴの家でおしゃべりしたり、眠ったりしていて、ほんとに幸せそうだっ
た。
もちろん大きな魚が不意に襲ってくることがあるけど、それはどこでもあること。
何より感銘を受けたのは、みんな他人の悪口を言ったり、意味のないけんかをした
りしないことだった。
どうしたら、こうなれるのかもう少し見たいと思っていたが、ママや妹のことが気
になりだしたので、一度帰ろうか迷っているみたいです」
オリオンは、一気にしゃべってから、また話しはじめた。
「そこで、ぼくは、その子に、それはたいへんだ。
それなら、ぼくがついていってやろうかと言うと、目を輝かせて、ぜひそうしてく
ださい。
君のような大きな者がいっしょにいてくれると、ぼくも心強い。
そして、これから、どうしたらいいか考えてくれないかと言うんです。
シーラじいさんも、いっしょに行こうよ」と、オリオンは、いつもの善意にあふれ
た顔で言った。
シーラじいさんは、オリオンの使命感や高揚感を抑えるように言った。
「なあ、オリオン、おまえは、まだ世間を知らない。
その国には、何か事情があるようだ。おまえは、家族を探している身だ。
そんなところへ行って、またけがでもしたらどうするんだ。
おまえは、家族と会いたくないのか。
あのサメどもは、わしらを追いかける途中、何か獲物を見つけたから、わしらは助
かったのだ。そうでなかったら、わしらは食われているところだぞ」
オリオンは、何かじっと考えていたが、「じゃあ、ぼくだけ送っていって、すぐに
帰ってくる。それならいいでしょう?」
「そういうわけにはいかない」
でも、シーラじいさんは、見るべきことは見ろと言っているじゃないですか」
オリオンは、柔和な顔をしたまま、引きさがろうとしなかった。
シーラじいさんは、こいつは、どこまでお人よしなんだと思いながら、
「それでは、その子に、まず会おう。それから考えよう」
シーラじいさんとオリオンは、洞穴を出て、サンゴ礁に向った。
あたりが、だんだん明るくなっていった。すべてが華やかで、繁華街に来たようだ
った。
スズメダイやクマノミなど小さな魚が、忙しそうにサンゴ礁を出入りしていた。
どうやら、オコゼやカワハギといった大きな魚はまだ来ていないようだ。
そのとき、黒い魚があらわれた。
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