[2008/01/02] シーラじいさん見聞録 第1章26
近くにいる魚と比べて、かなり大きい。種類は何だろう。マグロのような形をして
いる。
しかし、マグロは、サンゴ礁の華やかさとにぎやかさに戸惑っているかのように、
動きが緩慢だ。
「あの子です」オリオンが叫んだ。
その魚は、その声が聞こえたらしく、すぐにこっちへ向ってきた。
そして、にこっとほほえんだ。オリオンは、「やあ」と声をかけた。
しかし、シーラじいさんがいるのに気づいたのか、何も言わなかった。
紡錘のような形をしているうえに、背中は黒っぽいく、腹は、銀色に光っている。
「イソマグロかな。でも回遊しているようには見えないが」と、多田さんがつぶや
く。
オリオンは、その魚に、シーラじいさんを紹介した。
「シーラじいさんがいれば、心配ないよ」と、お人よしの顔で言った。
「そうだ。君の名前をまだ聞いていなかったんだ」
「名前?」その魚は、幼い声でたずねた。
「そうか。君らも、名前をつけることはしないんだね」
オリオンは、うっかりしていたというように、あわてて説明した。
「名前があれば、君が、他の者とちがうということが、誰にでもわかるんだ。
パパやママが、君を名前で呼べば、君が返事をする。
ぼくは、シーラじいさんに、オリオンという名前をつけてもらった。君も、名前を
つけてもらったらいいよ」
その魚は、よくわからないといったふうにほほえんだ。
しかし、オリオンは、今は、これ以上名前についての説明をするときではないと考
えたか、話題を変えた。
「さっき、君のことをシーラじいさんに話したんだ」
「いっしょに行ってくれるのだろう?」
「ああ、そのつもりだ」
「今から行けるの?」
オリオンは、そう答えたが、ちらっと、シーラじいさんの方をみた。
「オリオンから聞いたけど、そんなにたいへんなのか?」シーラじいさんは、助け
船を出した。
「ええ、毎日けんかばかりしています。ぼくらは、昼の間は、外へ出ていくのです
が、夜になると、自分の家の近くにもどるのです。
しかし、顔を合わすと、激しいけんかがはじまります」
「何が原因なのか?」
「いや、よくわかりません。大人に聞いてもわからないといっていました。誰かに
会うと、むしゃくしゃしてきて、相手に向っていくらしいです」
「いつ頃から、そんなことになったのじゃ?」
「ぼくが生まれるずっと前かららしいです。
ときどき見慣れないものが来て、そいつらが、だれかれなく大人に、何かささやく
ことがあったと、ママは言っていました」
「そうか。でも、どうして、みんなどこかへ行かないのだろうか?」
「食べるものがいっぱいあるし、安全な場所にありますから。そして、みんな、自
分が生まれたところですから、どこへも行きたくないのでしょう」
「そうだな」
「それで、ぼくも、自分の生まれた国を元通りにできないかと思い、ここへやって
きました」
「見上げたものだのう」
「ママと妹のことが心配なんだろう?」オリオンは勢いづいて言った。
「そうなんだ。この前、近所のおじさんと、この近くで会ったんだ。『おじさん、
元気でしたか』、『おお、おまえか、生きていたのか』と再会を喜んだ。
しばらく話をしたんだが、国のほうは、あいかわらずけんかばかりしていらしい。
それでも、また国に帰るといっていた。こんなにきらきらするところでは落ちつか
ないらしい。
それで、最後にママと妹のことを聞いたんだ。すると、おじさんが、そういえば、
見ていないな。おまえといっしょにいるとばかり思っていたがという話だった。
ぼくは、急に心配になってきたんだ。何とかする方法を覚えてから帰るつもりなん
だけど」
「シーラじいさん、どう思います?」
シーラじいさんは、この子供のことはほっといて、オリオンの家族をさがす旅に早
く出かけなければと思うようにした。
しかし、その子供を見ていると、その思いが揺れうごくのがわかった。
その子供の大きな夢に懸命に向っている大きな目と、オリオンの純粋そのもののよ
うなやさしそうな目が、じっとシーラじいさんを見つめていた。
「大人は、ばかじゃない。どんなことが起きても、いつかは折り合いをつけるもの
じゃ。今頃は、今までのことは忘れて、仲よく暮らしていることじゃろ。
おまえの家族も、おまえの帰りを待っているはずじゃ。早く帰りなさい」
「シーラじいさん、そんなことわからないじゃないか」
オリオンは、珍しく声を荒げた。
「わかった。おまえにも大事な用事がある。この子供を近くまで送っていこう。も
し、危険なことがあれば、すぐに引き返すぞ」
「シーラじいさん、ありがとう。じゃあ、すぐに行こう」
その子供は、目をさらに大きく見開いたようにみえた。
その子供を先頭に、春のお花畑のような、色とりどりのサンゴ礁の国を後にした。
そして、サンゴ礁の国を出ると、今度は、斜面に沿って下に向った。
光は、少しずつ少なくなっていった。
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