[2008/02/11] シーラじいさん見聞録 第1章28
「ママ、ぼくは、何も思いつかなかったし、強くなって帰ってくることもできなか
った」
子供は、申しわけなさそうに小さな声で母親に言った。
「そんなこといいんだよ。またおまえの顔を見られただけで、どんなにうれしい
か!」
「お兄ちゃん、わたし淋しかった」
それを見ていた男は、「わしらが弱いから、こんなことになったんだ」とつぶやい
た。
しばらくして、その子供は、シーラじいさんたちの方を振り向いた。
「ママ、この人たちがぼくを心配してついて来てくれたんだ」とようやく顔が明る
くなった。
「まあ、たいへんお世話になりました」
母親は、ていねいに頭を下げた。
「いや、息子さんは立派だった。わしらに、自分の国の事情をちゃんと説明するこ
とができたし、どうするか一生懸命考えていた」
母親は、黙ってうなづいた。
そのとき、「あっ、あいつらだ」男が叫んだ。
シーラじいさんとオリオンは振りむいた。
暗闇の中を、2つの影が横切ったように見えた。
「わしらのところへやってきて、妙な噂を広げるのは」
オリオンは、それを聞くやいやな暗闇の中を追いかけた。
シーラじいさんと男も、急いでついていった。
大きな岩を曲がると、オリオンがどっちへ向ったかわからなくなった。しーんと静
まりかえった暗闇が広がっているだけだった。
どちらに行こうか迷っていると、マグロの子供は、「ぼくが探してくる」と言っ
て、一人で泳ぎだした。そして、すぐに暗闇に消えた。
「ぼうや、気をつけて」子供の母親の声がした。母親もついてきていたようだ。
しかし、その声もすぐに暗闇に吸いこまれた。
シーラじいさんたちは、しばらくそこでとどまっていたが、暗闇の奥から誰かがや
ってくる気配があった。
子供が帰ってきたのだ。「向こうでオリオンの鳴き声が聞こます」
「よし、行こう」シーラじいさんは、子供の後を追いかけた。
大きな岩陰をいくつも曲がると、確かにオリオンの鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声は、すぐそばで聞こえてくるようになった。
あたりを見まわすと、岩場の底に大きな影があった。オリオンだ。
シーラじいさんは、それを見て、オリオンが倒れているのではないかと心配した
が、「シーラじいさん、逃げ足の速いやつらでたいへんでした」と、
オリオンは、息を弾ませながら言った。
「オリオン、大丈夫だったか。ところで、あいつらはどこにいるんだ」
「ぼくが押さえつけていますよ」
よく見ると、二つの尾びれが動いていた。助けを求めているようだった。
どうやら、追いついて、そのまま押さえつけたようだ。
「オリオン、そいつらを楽にさせてやれ」
オリオンは、体を浮かした。しかし、二つの物体は動こうとしなかった。
しかし、力なく尾びれは動いているので、死んではいないようだ。
シーラじいさんは、二つの物体に近づき、大きな声で聞いた。
「おまえたちに聞きたいことがある」
しかし、返事はなく、うーんというような唸り声がかすかに聞こえるだけだ。
オリオンの重さで押しつぶされそうになったのだろう。
しかし、しばらくすると二つの体は少し動きだした。
頭を上げ、目はきょろきょろさせて、まわりを見た。何か起きたかわからないとい
った様子だった。
「おい、おまえたち話せるか」
「なんだ」一人が振りしぼるような声で言った。
「おまえたちは、なぜこの国に争いを持ちこむんだ」
「どういうことだ」
「おまえたちが来るようになってから、ここでは毎日けんかが起きている」
「わしらは何も知らん」
それを聞いたオリオンは、また二人の上におおいかばさろうという構えを見せた。
「待ってくれ」
「それじゃ、どうなんだ」
「ときどき、ここへ来て、だれかれ悪口を言ってくれと頼まれただけなんだ」
「誰に」
「知らない」
「まだ痛い目に会いたいのか」オリオンは、体を動かそうとした。
「わかった」
今まで黙っていた魚が声を出した。
「おれたちは、ここからかなり離れたところにすんでいるが、食べものが少なくな
ってきたのが悩みの種だ。
しかし、あるとき、初めて見る者たちがやってきて、『わしらのいうことを聞いて
くれたら、食べものの心配いらない』と持ちかけてきた。
それで、手分けして、あちこちの国に出かけて、こういうことをしているのだ」
「何の目的だ」
「いや、知らない。とにかく、わしらは頼まれただけなんだ」
「じゃあ、そいつのところへ連れていけ」
「どこに住んでいるのか知らないが、ときおりおれたちの国に来る」
「よし、おまえたちの国に案内してくれ」
二匹の魚は、のろのろと浮きあがった。
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