[2008/04/02] シーラじいさん見聞録 第1章33
シーラじいさんは、死んだように眠った。
ときどき目が覚めることがあったが、それは、空腹のためというより、
体のどこにも力が残っていないため、体がふわっと浮き、岩の角にぶつかるからだ
った。
そんなときは、あたりをゆっくり見回し、「おや、わしは、まだ生きているのか」
とつぶやいた。
また、海底に腹を置き、「こうして、誰かに見守られることなく死んでしまって
も、それは、わしに与えられた運命なのだ」と思った。
シーラじいさんは、自分の運命に身を任せることが、人生を締めくくる最善のこと
だと決め、じっと目をつぶっていた。
そのとき、キィー、キィーという声が聞こえた。
シーラじいさんは、「あれはオリオンだな。さすがのオリオンも、わしを探せま
い。
身は、ばらばらにされて、みんなの腹の中に納まっても、魂は、どこか遠くへ向っ
ているのだから。
さらば、オリオン。おまえの家族に挨拶できなかったのは心残りだが、わしとして
は、おまえやペリセウスと知りあったのは幸せだった。
深い海の底で、ひっそりと生きていたわしと、広い海原を自由に泳ぎまわっている
おまえと出会うことは奇跡としか言いようがない。
元気で暮らせよ。ときには、わしのことを思いだしてくれ。それが、何よりもわし
への供養だ。ところで、家族は見つかったのか?」
「いや、まだなんです」という声が聞こえた。
「オリオンか。どうしたんだ。わしがいるところがよくわかったな?」
「シーラじいさん、この前も来たじゃないか」
「わしは、死んでしまって、誰も知らないところにいるんだ」
「シーラじいさんは死んでいないよ。前と同じじゃないか」
「わしは死んでいないのか。それなら、おまえに連れもどされたかもしれないな」
「気をしっかり持ってください」
「ところで、まだ家族が見つかっていないのか?」
「そうなんです。でも、ここを離れたいのです」
「どうしたんだ?」
オリオンは、突然柔和な顔を曇らせた。
「ぼくは、あの子の家族といっしょにいたのですが、
あの子は、友だちにも、ぼくのことを紹介してくれて、友だちは、『かわいそう
に、みんなで探してやる』といってくれたんです。
毎日ともだちと遊びました。ニンゲンが来ていることがわかると、みんなで見にい
きました。
あるとき、大勢固まっているので、何があるのか見にいきました。
すると、みんなで、一人の友だちを囲んでいました。
ぼくは、何が起きているのかわからなかったのですが、みんなで、その友だちにぶ
つかったり、押さえつけたりしていました。
その友だちは、大きな声で泣いていました。ぼくは、これは遊びじゃないと思い、
やめろと向っていきました。
いじめの中心になっているのは、年上の友だちでしたが、
日頃ぼくにやさしくしてくれていたのに、そのときは恐ろしい顔をして、おまえの
出る幕じゃない、引っ込んでいろと怒鳴るのです。
あの子も、向こうで遊ぼうとぼくを引っぱっていくのです。
それで、ぼくは、仕方なくそこを離れたのですが、その子に、あの友だちは、どう
していじめられているんだと聞きました。
すると、仲間はずれをされても仕方がないことをしたんだというのです。ぼくは、
さらに聞きました」
「どんなことをしたんだ?」シーラじいさんは思わず聞いた。
「その子は言いたがらなかったんですが、結婚が決まっている女の子にしつこくつ
きまとったらしいのです。
しばらくして、そこを通ると、いじめられた子が一人でいましたが、ふらふらして
漂っているようでした。
ぼくは駆けよろうとしました。
しかし、あの子は、『いけない、もうすぐ死んでしまうから』とぼくをとめるので
す。見ている間に、その友だちの白い体が、少しずつ沈んでいきました。
ぼくは、泣きながら帰りましたが、あの子は、
『いつもは死んでしまうようなことはしないけれど、今日は、何かまちがったみた
いなんだ』と言い訳のようなことを言うんです」
「それは辛かっただろう」
「シーラじいさんは、どう思いますか?」
「おまえたちは、お互い助けあい、誰か困っていると、すぐに駆けつけると聞いた
ことがあるが」
「ぼくの仲間が、こんなことをするのは絶対許されない」
「何か社会を守るための行動なのじゃないか」
「社会?」
「みんなが、みんなを守る仕組みじゃ」
「でも、あんなに悲しそうな顔で、ぼくを見た友だちのことを考えたら、社会なん
かいらない」
「おまえらしいな。じゃあ、どうするんだ?」
「ぼくは、ぼくの仲間のニンゲンについて知りたいし、別の仲間も知りたいので
す。
ニンゲンは、やさしいし、いろいろぼくに教えてくれると思うのです」
「うーん、ニンゲンは、確かにどの生物より優れた知能を持っていることは認める
が、海に住んでいないので、わしらと知りあいになれるかどうかはわからんぞ」
「でも、ぼくは、この目で見たんですよ。みんないつもにこにこ笑っているし、ぼ
くらのことを心配してるのがわかるんです」
「しかし、お互い殺し合いをしたりしていることも聞いたことがあるが」
「でも、あんなにやさしい者を見たことがない。きっとすばらしい友だちになれる
と思います。
ああ、そうか、シーラじいさんは、早く国に帰りたいのでしたね」
オリオンは、そう言ったかと思うと、じっとシーラじいさんを見た。
しばらくして、「おまえというやつは」シーラじいさんは、根負けしたように言っ
た。
「でも、足手まといになっても知らんぞ」
「早く行きましょう」
シーラじいさんは、体を持ちあげた。
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