[2008/05/01] シーラじいさん見聞録 第1章37
声が消えると、泡もすっと消えていった。そして、何事もなかったように、真っ青
な海にもどった。
シーラじいさんとオリオンは、しばらく身動きしなかった。いや、できなかった。
何か大きな力によって押さえつけられているようだった。
ようやく小さな魚がもどってきていた。
オリオンは、シーラじいさんのほうを見て、緊張した声で聞いた。
「シーラじいさん、今の声を聞きましたか?」
「ああ、聞いた」
「誰の声ですか?」
「わからない」
「どういう意味ですか?」
「ウミヘビのばあさんが言っていたお告げと関係があるのか。
海が割れるとか地が動くとか言っていたな。そんなことはないといいがな」
オリオンは、何か考えていたが、しばらくすると泳ぎだした。
しかし、ふらふらして、まっすぐ泳げないようだった。こちらに向きを変えるとき
も、以前のようにすばやくできなかった。
ようやく帰ってくると、「ああ、ぼくは、こんな体になってしまったですね」と、
泣きそうな顔で言った。
「オリオン、背中のひれを取られたようだ。でも、前のようにはいかないが泳げ
る。
二人で助けあっていけば大丈夫だ」シーラじいさんは、オリオンを励ました。
オリオンは、じっとシーラじいさんを見ていたが、「たいへんなことが起きそうな
のに、ぼくはこんなことになってしまった」とつぶやいた。
「オリオン、ここで、しばらく休もうじゃないか。体に力がみなぎると、勇気がわ
いてくる。
おまえにはしなければならないことあるのを聞いただろう?」
オリオンは、大きな声で泣きだした。
シーラじいさんは、オリオンをその場において、安全な場所を探しにいった。
どこにも島影は見えなかったが、そう遠くまで行くわけにはいかないので、近くを
探した。
ようやく、100メートルぐらい下に休める岩礁を見つけた。
大きな岩がないので安全ではなかったが、オリオンが元気になるまでだと思った
が、オリオンは、一日中じっとしているばかりだった。
シーラじいさんは話しかけた。
「オリオン、おまえの気持ちはよくわかる。でも、尾びれが、そんなことになれば
泳ぐことはできない。
しかし、おまえは泳げる。それを幸運だったと思わないか。今のままでは、何もで
きない。それでいいのか」
オリオンは黙っていた。
前に聞いたことがあるが、おまえの仲間が泳げなくなったとき、ニンゲンが、また
泳げるようにしたことがあるらしいぞ」
「どうして、そんなことができるのですか?」
「何でも、ニンゲンは、尾びれを作って、そのイルカにつけたらしい」
「でも、ニンゲンは、尾びれなんか持っていないでしょう?」
「ニンゲンは、自分ができなくても、空を飛んだり、海を走るものを作ることがで
きるだろう?
ニンゲンに頼めば、おまえも、元のように泳げるようになるはずじゃ」
「それじゃ、どうしたらいいのですか?」
「それを、今考えている」
シーラじいさんの返事を聞くと、オリオンは、どこかに行ってしまった。
それから、また数日たった。
太陽が海を真っ赤に染めると、すぐに暗闇が広がった。
シーラじいさんは、海面まで上がってきた。月が皓皓(こうこう)と輝いていた。
オリオンを探したが見当たらなかった。そのとき、妙な気分に襲われた。
何かが今にも起きそうな気がしたのだ。
また、あの声が聞こえてくるのかと思って、少し海の下に行った。
すると、下の方から、白い煙のようなものが湧きあがってきた。シーラじいさんは
逃げようと構えた。
しかし、湧きあがってくるものは、月の光が届くにつれて、赤や黄色、紫に輝きだ
した。
あまりの美しさに、そのまま見とれていた。オリオンが、いつのまにか帰ってきて
いて、
「シーラじいさん、これは何ですか?」と大きな声を上げた。
「わしも初めてだが、多分、サンゴの子供が生まれているのだろう」
「サンゴの赤ちゃんは、こうして生まれるのですね!」
「サンゴは、サンゴ礁から離れられないので、こうして子孫を残すのだ」
「それにしても美しいですね」
そのきらきら輝く煙は、あちこちから湧きあがっていた。
「わしらには見えないが、もう子供が生まれているはずだぞ。
オリオン、子供たちは、しばらくしてから、懸命に親の近くもどるのだ。そして、
あの美しいサンゴ礁を作るようになる。
おまえも、親から与えられた命を大事にしなくてはいけない」
オリオンは、まだ湧きあがる命をじっと見ていた。
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