[2008/06/23] シーラじいさん見聞録 第1章45
しばらく沈黙があった。そして、「ジム、わかった」というトムの声が聞こえた。
「おめえの気がすむようにしたらいい」
「トム、ありがとう。おれは、二人に、助けてくれたお礼は必ずすると約束したん
だ」
「そこでだ。ジム、イルカやじいさんのような魚は、しゃべれると言ったな」
「ああ」
「それなら、おめえの言うことはわかるのだな」
「もちろんだ」
「じゃ、船についてくるように言うさ」
「オリオンは、背びれがないので、なるべくゆっくり走ってやってくれ」
「そうする」
「じいさんはどうなんだ?」
「いや、シーラじいさんは早く泳ぐことができないので、ここで待っていてもらう
ことにする」
「じゃあ、まず前祝いといこうじゃないか」マイクが口を挟んだ。
3人は船室に入った。
その会話を聞きながら、シーラじいさんは、オリオンに船についていくように言う
べきかどうか考えた。
ジムは信頼できるニンゲンだ。しかもよく気がつく。わしに聞こえるように、デッ
キで大声でしゃべってくれた。
しかし、トムとマイクは、何か急いでいるようだから、いつまでジムの言うことを
聞いてくれるだろうか。
目の前に、オリオンがいるのが見えた。
「オリオン、ジムといっしょに行くときが近づいたな。でも、ジムが何を言っても
しゃべるなよ」
シーラじいさんは、オリオンを見るとやめろと言うことができなかった。
「どうしたんです」オリオンは、怪訝(けげん)な顔をして聞いた。
「うむ、ジムは約束を守ろうとするだろうが、仲間のことがまだ信用できない。も
しおまえがしゃべることがわかったら、おまえを利用するかもしれない」
「どういうことですか」
「おまえを、どこかに売りとばしてしまうかも知れないのだ」
「それだったら、やめたほうがいいのではないですか」
「まだ大丈夫だが、このまま年を取ると泳ぐこともできなくなる。この機会を逃す
べきではないという思いもある」
「でも、シーラじいさんと別れなければならない」
「なーに、また会える。やさしいニンゲンなら、背びれをつけると、すぐ海に戻し
てくれる。
そうしたら、教えたとおりにオリオン座とシリウス、うお座の直線距離を南の方へ
進め。そうすれば、わしが待っている」
そのとき、倉本さんが、ぼくに近づき、小さな声で言った。
「小林さん、以前、二人が別れたときから考えていたのですが、これを使ってもい
いでしょうか?」
倉本さんは、小さな箱を持っていた。その箱には、2,3個のスイッチと、一本の
アンテナがあった。
「何ですか?」わたしは、それを見ながら聞いた。
「水中通話機」
「水中通話機?」
「言葉のとおり、水中で相手と交信できるものです。わたしたちの場合は、そうい
うことをしないので、相手の声を聞くだけですが」
「ちゃんと聞こえるのですか」
「潜水調査船『「しんかい6500」と母船の『よこすか』との間でも使われてい
ます。
『しんかい』が6000メートル以上潜っても、『よこすか』で話を聞くことがで
きます。
日本に帰ったとき、わたしたちに合うように変えました。音波で交信しますから、
やや遅れますがはっきり聞こえます。
さらに骨伝導システムを取りいれ、声だけを拾う集音装置をつけました」
「おもしそうですね。それを誰につけるのですか」
「二人にです。この小さなマイクを、顔のどこかに埋めこむのです」
長さ1センチぐらいの小さなマイクを見せながら言った。
「ぼくらはシーラじいさんについていきますから、シーラじいさんにはいらないの
では?」
「そうなんですが、これから何が起きるかわかりません。二人が何を言うのかを聞
きのがしたくないのです」
倉本さんは、いつものように落ちついて話した。
「わかりました」わたしは、すぐにシーラじいさんに近づき、「シーラじいさん、
ちょっと聞いてください」と頼んだ。
「ああ、なんじゃね」シーラじいさんは、オリオンから離れて、わたしのほうに来
てくれたので、水中通話機のことを急いで説明した。
「オリオンに何かあればすぐわかるのじゃな」シーラじいさんは、マイクをつける
ことを承諾してくれたので、倉本さんに合図をした。
倉本さんは、シーラじいさんとオリオンの顔の下のほうにマイクを埋めこんだ。
そのとき、「ジムが呼んでいます」オリオンは叫んだ。
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