[2008/07/09] シーラじいさん見聞録 第1章47
何か大きな動物が休んでいるだけかもしれない、うっかり近づくと危ないと思っ
て、しばらく様子を見ていた。
しかし、何時間たっても動こうとしない。ただ漂っているだけのようだ。
シーラじいさんは、それから10メートルほどに近づいた。かなり大きかったが、
あまり厚さがなく黒っぽいものだった。
しかし、今まで見たことがなく、何か見当がつかなかった。
さらに近づいた。しかし、よくわからない。今度は、潜って、真下から近づいた。
どうやら死んでいるようだ。よく見ると頭の部分はなくなっていた。
黒っぽいものがはだけて、白くて細長いものが見えた。
骨だ!黒っぽいものは、皮ではない。体についているものとは違うものだ。
これはニンゲンが着ているものだ。すると、これはジムか!しかし、首がなくなっ
ているので、顔がわからない。
ジムは、こんな黒っぽい服は持っていなかったはずだ。トムかマイクの服に着替え
たことはありうるが。
シーラじいさんは、さらに近づいて、様子を見た。
何者かにかじられているが、骨には肉がかなりついている。どうしたんだろう。こ
んなごちそうがあれば、そっくり平らげてしまうものだが。
食事中横取りする者が来たので、それと戦っているのだろうか。
そうすると、勝ったほうが戻ってくるかもしれない。血がながれていないところを
見ると、かなり遠くから流されてきているのかもしれないが。
これがジムなら、何が起きたのだろう?
シーラじいさんの頭には、悪い場面が続いた。
ジムから、何か大事なものの隠し場所を聞き出したトムとマイクは、ジムがいなけ
れば取り分が増えるし、オリオンのこともあって、ジムを殺した。
そして、全速力で、それを取りに向ったのだ。
すると、オリオンはどうしたんだろう。まさか殺すことはあるまい。たかがイルカ
と思っていたのだから。
シーラじいさんの頭は真っ白になった。
ああ、ジム。何というかわいそうな青年よ。子供のとき、父親が殺され、母親もど
こかへ行ってしまった。
二人の弟は、善意ある人に引き取られたというのに、ジム一人路頭に迷うことにな
ったのだ。
ようやく多くの人々の深い愛情に包まれるのもつかの間、悪の道に誘う誘惑と戦わ
なければならなかった。
そして、我ら海上で知りあい、交情を重ねていくにつれ、その心は、生来の輝きを
取りもどしつつあった。
まさしく人生は航海なり。それにしても、こんな無残な姿で人生を終えるとは!
無垢の心よ!その母なる海に抱かれて永久(とわ)に眠れ。
シーラじいさんは、思いの丈を吐きだすと、ジムの恥かしそうな笑顔が浮かんだ。
しばらく瞑目をした後、こうなっては、オリオンはどんなことでも探しださなくて
はという思いが募った。
その頃、水中通話機に、「トム、トム」というジムの切迫した声が聞こえはじめ
た。
「どうしたんだ?」とトムの声がだんだん近づいてきた。
「オリオンがかなり弱っているようだ。もっとゆっくり走ってくれないか」
「あいつらの先回りをしなければならないのはわかっているだろう?」
「早く目をさませ」という声も聞こえてきた。マイクだ。
「約束したんだ」
「どうしてイルカと約束できるんだ?」
「ジム、こいつがしゃべるところを、おれたちに見せてくれと何回も言ったじゃな
いか」
「単なる妄想だ。こいつらは、頭がいいと言われているが、それはニンゲンのよう
な知能じゃないんだ。本能をうまく使うことができるだけなんだ」
「食べ物をやれば、芸をおぼえる程度だ」
「このままじゃ死んでしまう」
「ジム、どうしてほしいんだ?」
「オリオンを船に上げてほしい」
「こいつらは何百キロある。しかも、ほっとけば干上がっちまう」
「おまえも、一生楽したいんだろう?」
「じゃ、おれは、オリオンとここにいる。すぐにおれを降ろしてくれ」
ジムの叫ぶ声が聞こえるやいなや、ドスンという音が聞こえた。
その後、全く話し声は聞えなくなった。
わたしたちは、顔を見あわせた。
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